福岡アジア文化賞
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第20回福岡アジア文化賞受賞者
 
 
大賞オギュスタンベルク
大 賞
オギュスタン・ベルク
Augustin BERQUE
フランス国立社会科学高等研究院 教授
【フランス/文化地理学】
4歳の頃、故郷のフランス・ランド県サンジュリエンボンヌにて(1946年)
宮城県(塩竃市)新浜にて、娘・息子と一緒に(1974年)
1991年、フランス・ランド・ランクスにて『都市の日本』の執筆中に
   オギュスタン・ベルク氏は、フランスにおける日本学の第一人者であり、文化地理学者。欧日の人間社会と空間・景観・自然に対しての哲学的思索を重ね、独自の風土学を構築し、日本文化を実証的に捉えて、日本理解に大きく貢献し、国際的に高い評価を得ている。 ベルク氏は、1942年、当時フランス領のモロッコに生まれ、祖父・父と3代にわたる学者の家系。パリ大学で地理学と中国語を学び、博士号を取得。1969年初めて来日、通算して十数年を越える期間日本に滞在し、日本的価値体系に踏み込み、人間の存在と自然・空間を哲学的根源的に捉え、類例のない重厚な日本研究を積み上げてきた。
  ベルク氏は、多くの著作の中で、欧日の現実における文化と自然、集団と個人、主観と客観の間に働く往復行為を新コンセプト「通態性(トラジェ)」として導き出している。和辻哲郎(1889-1960)の『風土』(1935刊)論を深く読み込むことで、日本においては人間の存在が自然の中に刻み込まれ、両者の存在関係が風土そのものであるという地理学と存在論を融合した通態的風土論を提起した。風土というのはあるがままの自然環境ではなく、人間が生きている社会を前提に成り立ち、自然と空間と歴史が互いに影響しあい、変化して風土性を形成していく。社会は総合秩序としての精神的・社会的・物理的な空間組織を維持し、その空間に存在する日本社会共通の特徴を、鋭い眼力から指摘している。
  ベルク氏の研究は、こうして和辻風土論を欧日の思想比較の視座からドイツの哲学者ハイデッガー(1889-1976)の現象学に関連づけて読み込み、さらに理論構築の途次でルネ・デカルト(1596-1650)を批判的に捉え、さらに独自の風土学を構築し、この風土学を通して日本の世界史的位置づけを問うている。 こうした視座に基づき、ベルク氏は景観や環境、公共性といった現代的な論点において該博な知識と透徹した論理に立脚し、地球規模のパラダイムからの示唆は高く評価される。
  また、多大な日本研究の業績に加え、ベルク氏は1984年から4年間日仏会館フランス学長を務めるなど、フランスきっての知日派として日仏両国の文化交流にも大きな貢献を続けている。
  このように、オギュスタン・ベルク氏は独自の風土学の領野を拓き、画期的な理論を構築し、世界の人々、また日本人自身に対して日本文化の科学的な理解に新次元をもたらした貢献は多大であり、まさに「福岡アジア文化賞−大賞」にふさわしい。
「風土と日本−グローバルな視点へ−」
● 野澤氏(九州大学名誉教授)のコーディネートによる対談もしくは鼎談
● 9月19日(土)13:30〜15:30/IMSホール(定員:400名)
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学術研究賞パルタ・チャタジー
学術研究賞
パルタ・チャタジー
Partha CHATTERJEE
コルカタ社会科学研究センター 政治学教授
【インド/政治学・歴史学】
1968年 チャタジー氏20歳
2006年1月
コルカタの社会科学研究センターにて
2009年1月
東京外国語大学におけるセミナーにて
  パルタ・チャタジー氏はインド出身の政治学者・歴史学者で、アジアや途上国の視点から先鋭な問題提起を行ってきた。ことに、南アジアの民衆の歴史を掘り起こそうと試みた「サバルタン研究(the Subaltern Studies)」の中心に立ち、それまで顧みられなかった「民衆の政治」という領域を明らかにするために、「ポストコロニアルな批判」を提起したことで知られている。
  チャタジー氏は1947年インドのコルカタに生まれた。1972年に米国ロチェスター大学で政治学の博士号を取得し帰国、翌年よりコルカタの社会科学研究センター(CSSS)に籍を置き、1997年から10年間所長を務めた。
  サバルタン研究は、グハやパーンデー、そしてスピヴァクらとともに「民衆を主体とした歴史をどのように書くか」という課題に挑戦した知的な運動である。その登場の背景には、1970年代後半から80年代にかけての国家の動揺や、知識人だけでなく普通の人々が、「国家の独立は本当に国民を解放したのか」という根本的な疑問を抱くような時代状況があった。こうした疑問への答えを求めて、チャタジー氏らは、従来の歴史研究とそれらに基づいた政治的な議論の限界を越えて、「声なき民」の歴史を蘇らせようと尽力し、その過程で、新しい概念や議論、さらには方法論を生み出した。
  サバルタン研究を中心としたチャタジー氏の研究活動は欧米に衝撃を与え、さらにラテンアメリカやアフリカという他の地域にも大きな影響を及ぼしている。それは学術研究の世界において、欧米が中心となり圧倒的な影響を他の地域にも与えるという、非対称な力関係を再考し革新していく大きなインパクトを与えた、画期的な研究であるといえる。
  またチャタジー氏は、CSSSを拠点に、意欲的な共同研究と若手の教育活動に貢献してきた有能なオーガナイザーでもある。そうした努力によって、欧米に対して独自の学術研究の基盤を築き、国家や政治勢力から自由な言論活動の場を保持してきた。
  このように、アジアを拠点とした学術研究が自由をめぐる独創的な思想を生み出し、新しい魅力的な学問として世界に貢献できることを、自らの生き方を通して実践してきたパルタ・チャタジー氏は、まさに「福岡アジア文化賞−学術研究賞」にふさわしい。
「声なき人々の歴史を語る」
● 竹中氏との対談
● 9月20日(日)13:00〜14:30/IMSホール(定員:400名)
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芸術文化賞三木稔
芸術・文化賞
三木 稔
MIKI Minoru
作曲家
【日本/作曲】
《急の曲》世界初演の舞台で、指揮のクルト・マズア氏と並びアンコールに応える(1981)
書斎にて、作曲したスコアを推敲(1991)
オペラ《源氏物語》世界初演、セントルイス・オペラ劇場(2000)
  三木稔氏は、日本のみならずアジアを代表する作曲家であり、連作オペラをはじめとする作品群は国際的に高く評価されている。邦楽の現代化と国際化をリードし、日本とアジア、また東洋と西洋の音楽の交流と創造に大きな貢献をなした。
  三木氏は日本文化が歴史的にも国際性を持っており、世界に通用する価値のあることを証立てるという信念のもと、日本を舞台にしたオペラの創作をライフワークとして取り組んできた。代表作は、《春琴抄》など5世紀から20世紀に至る各時代の時代精神を探る壮大な『日本史オペラ9連作』である。欧米からの委嘱により作られた3作品を含んでおり、海外でもたびたび上演され高い評価を受けている。
  1964年に同志と設立した「日本音楽集団」は、日本楽器を網羅した新しい合奏形態として国内外で大きな反響を呼んだ。同氏は20年間同団体の音楽監督を務め、多くの作品を提供するのみならず、現代音楽に適した表現力を持つ箏として二十絃箏(のち21絃,新箏)の開発に関与、さらには160回もの海外公演をプロデュースした。日本楽器の作曲法を集大成した『日本楽器法』は英語・中国語でも出版され、邦楽器による作曲の国内外における広がりをはじめて可能なものとした。
  日中韓の音楽交流でも先鞭を付け、各国の民族楽器で構成する「オーケストラ・アジア」「アジア・アンサンブル」ほか数々の演奏団体を創立、《愛怨》などアジア音楽の新しい流れを作るとともに、優れたアジア楽器演奏家・作曲家の世界進出の道を拓いた。
  全世界で1万回以上演奏されている器楽曲《マリンバ・スピリチュアル》をはじめ、膨大かつ独創的な作品群を誇るが、とりわけ東西管弦楽を結ぶ『鳳凰三連』や、アジア楽器とオーケストラによる《大地の記憶》など、壮大なスケールで東西楽器が調和する作品世界を実現。2006年には実践の場として北杜国際音楽祭を創始、「東西音楽交流の聖地」を目指して現在もアクティブに活動中である。
  このように、日本とアジアの伝統音楽に新たな生命を吹き込み、日本・アジア・西洋音楽の交流と創造に果たした三木稔氏の功績は大きく、まさに「福岡アジア文化賞−芸術・文化賞」にふさわしい。
「三木稔の音楽世界」
● ソプラノ独唱(東京より招聘) 、室内楽曲(在福演奏家)など
● 9月20日(日)16:00〜18:30/福岡銀行本店大ホール(定員:700名)
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芸術文化賞三木稔
芸術・文化賞
蔡國強 ツァイ・グォ・チャン
CAI Guo-Qiang
現代美術家
【中国/現代美術】
上海戯劇学院時代、クラスメートと
(本人右端、1984年)
2001年、APEC上海総会花火プロジェクト当日、 打上げ地点立ち入り前のセキュリティチェック[写真提供:Cai Studio]
火薬ドローイング「Bird of Light」の制作現場(2004年、ニューヨーク・ブルックヘブンGrucci Fireworksにて)
[撮影:Chris Smith氏、写真提供:Hirshhorn Museum and Sculpture Garden]
  蔡國強氏は、世界を舞台にいま最も旺盛な創作活動を続ける現代美術家である。火薬の爆発や花火を用いたダイナミックな作品で知られ、斬新な素材と大胆な手法を駆使し、宇宙的スケールで展開されるその活動は、現代美術に新たな可能性を拓き続けている。その作品は、国際性と普遍性を有しながらも、中国伝統の世界観に根ざした深い思想性を持つものとして、世界的に高い評価を得ている。
  蔡氏は1957年、古来商港として栄えた福建省泉州に生まれ、文化大革命期に少年時代を過ごし、1980年代前半に上海戯劇学院で舞台美術を学んだ。因習にとらわれない自由な表現方法を求めて、火薬に着目し、その偶発性や創造と破壊の両義性に関心を持った。
  1986年から9年間住んだ日本では、火薬を和紙の上で爆発させて描く絵画によって注目され、さらに、1991年福岡での中国前衛美術家展[非常口]でのプロジェクトをはじめ、各地での大規模な野外爆破イベント『外星人のためのプロジェクト』へと展開していく。
  1995年以降はニューヨークに移住し、世界各地の美術展に招待され、1999年ヴェネツィア・ビエンナーレ国際金獅子賞など多くの賞を受け、その評価は揺るぎないものになった。2001年アジア太平洋経済協力会議上海総会をはじめ、世界各地で花火を用いたパフォーマンスを行っているが、なかでも、北京オリンピック開会式での花火による壮大な叙事詩は、テレビを通じて世界の人々の記憶に刻まれた。
  その芸術の特徴は、常に新たな手法に果敢に挑み続ける一方で、火薬、漢方など中国の文化を取り入れ、また風水思想を反映させるなど、欧米とは異なる世界観を根底に据えるところにある。独自の歴史観や宇宙観に根ざしたその作品には、哲学的とも言える深い思想性が感じられる。その作品世界は、たんに美的なスペクタクルにも、抽象的な観念性にも、手法的な奇抜さにもとどまらない社会的な広がりを持ち、核や環境問題など今日人類が直面する諸課題に応答しようとするものでもある。
  既成の美術概念を打破しながら、人類と宇宙をめぐる壮大な物語を紡ぐ独創的な表現で世界の美術界をリードし続ける蔡國強氏の芸術活動は、今日的な問題意識と根源的で普遍的な生命力によって、まさに「福岡アジア文化賞−芸術・文化賞」にふさわしい。
「アートに何ができるのか」
● 講演およびゲストスピーカーとのトーク
● 9月16日(水)18:30〜20:30/アクロス福岡B2イベントホール(定員:350名)
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